目がないから、私の姿が見つからないので、頭《かしら》を水に浸して、うなだれ悄《しお》れている。どれ、目を遣《や》ろう――と仰有《おっしゃ》いますと、右の中指に嵌《は》めておいで遊ばした、指環《ゆびわ》の紅《あか》い玉でございます。開いては虹に見えぬし、伏せては奥様の目に見えません。ですから、その指環をお抜きなさいまして。
紳士 うむ、指環を抜いてだな。うむ、指環を抜いて。
侍女 そして、雪のようなお手の指を環《わ》に遊ばして、高い処で、青葉の上で、虹の膚《はだ》へ嵌めるようになさいますと、その指に空の色が透通りまして、紅い玉は、颯《さっ》と夕日に映って、まったく虹の瞳になって、そして晃々《きらきら》と輝きました。その時でございます。お庭も池も、真暗《まっくら》になったと思います。虹も消えました。黒いものが、ばっと来て、目潰《めつぶ》しを打ちますように、翼を拡げたと思いますと、その指環を、奥様の手から攫《さら》いまして、烏が飛びましたのでございます。露に光る木《こ》の実だ、と紅い玉を、間違えたのでございましょう。築山の松の梢《こずえ》を飛びまして、遠くも参りませんで、塀の上に、この、野の
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