じめた時だ。
侍女 御免遊ばして、御前様、私《わたくし》は何にも存じません。
紳士 用意は出来とる。女郎《めろう》、俺の衣兜《かくし》には短銃《ピストル》があるぞ。
侍女 ええ。
紳士 さあ、言え。
侍女 御前様、お許し下さいまし。春の、暮方《くれがた》の事でございます。美しい虹《にじ》が立ちまして、盛りの藤の花と、つつじと一所に、お庭の池に影の映りましたのが、薄紫の頭《かしら》で、胸に炎の搦《から》みました、真紅《しんく》なつつじの羽の交《まじ》った、その虹の尾を曳《ひ》きました大きな鳥が、お二階を覗《のぞ》いておりますように見えたのでございます。その日は、御前様のお留守、奥様が欄干越に、その景色をお視《なが》めなさいまして、――ああ、綺麗な、この白い雲と、蒼空《あおぞら》の中に漲《みなぎ》った大鳥を御覧――お傍《そば》に居《お》りました私《わたくし》にそうおっしゃいまして――この鳥は、頭《かしら》は私の簪《かんざし》に、尾を私の帯になるために来たんだよ。角の九つある、竜が、頭《かしら》を兜《かぶと》に、尾を草摺《くさずり》に敷いて、敵に向う大将軍を飾ったように。……けれども、虹には
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