、オーバーコートの鼠色なるを被《き》、太き洋杖《ステッキ》を持てる老紳士、憂鬱《ゆううつ》なる重き態度にて登場。
初《はじめ》の烏ハタと行当る。驚いて身を開く。紳士その袖を捉《とら》う。初の烏、遁《のが》れんとして威《おど》す真似して、かあかあ、と烏の声をなす。泣くがごとき女の声なり。
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紳士 こりゃ、地獄の門を背負《しょ》って、空を飛ぶ真似をするか。(掴《つかみ》ひしぐがごとくにして突離す。初の烏、※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]《どう》と地に座《ざ》す。三羽の烏はわざとらしく吃驚《きっきょう》の身振《みぶり》をなす。)地を這《は》う烏は、鳴く声が違うじゃろう。うむ、どうじゃ。地を這う烏は何と鳴くか。
初の烏 御免なさいまし、どうぞ、御免なさいまし。
紳士 ははあ、御免なさいましと鳴くか。(繰返して)御免なさいましと鳴くじゃな。
初の烏 はい。
紳士 うむ、(重く頷《うなず》く)聞えた。とにかく、汝《きさま》の声は聞えた。――こりゃ、俺の声が分るか。
初の烏 ええ。
紳士 俺の声が分るかと云うんじゃ。
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