はしない。ただそうですか済みませんとばかり、人前では当らず障らずに挨拶をして、滝や、滝やと不断の通り優《やさ》しい声。
 それもその筈《はず》、滝は他に向って乱暴|狼藉《ろうぜき》[#ルビの「ろうぜき」は底本では「ろうせき」]を極め、憚《はばか》らず乳虎《にゅうこ》の威を揮《ふる》うにもかかわらず、母親の前では大《おおき》な声でものも言わず、灯頃《ひともしころ》辻の方に母親の姿が見えると、駆出して行って迎えて帰る。それからは畳を歩行《ある》く跫音《あしおと》もしない位、以前の俤《おもかげ》の偲《しの》ばるる鏡台の引出《ひきだし》の隅に残った猿屋の小楊枝《こようじ》の尖《さき》で字をついて、膝も崩さず母親の前に畏《かしこま》って、二年級のおさらいをするのが聞える。あれだから母親《おッかさん》は本当にしないのだと、隣近所では切歯《はがみ》をしてもどかしがった。
 学校は私立だったが、先生はまたなく滝太郎を可愛がって、一度同級の者と掴合《つかみあい》をして遁《に》げて帰って、それッきり、登校しないのを、先生がわざわざ母親の留守に迎《むかい》に来て連れて行って、そのために先生は他《ほか》の生徒
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