き、あるいは台紙に、紫、紅《あか》、緑、樺《かば》、橙色《だいだいいろ》の名残《なごり》を留《とど》めて、日あたりに並んだり。壁に五段ばかり棚を釣って、重ね、重ね、重ねてあるのは、不残《のこらず》種類の違った植物の標本で、中には壜《びん》に密閉してあるのも見える。山、池、野原、川岸、土堤《どて》、寺、宮の境内、産地々々の幻をこの一室に籠《こ》めて物凄《ものすご》くも感じらるる。正面には、紫の房々とした葡萄《ぶどう》の房を描いて、光線を配《あし》らった、そこにばかり日の影が射《さ》して、明るいようで鮮かな、露垂るばかりの一面の額、ならべて壁に懸けた標本の中なる一輪の牡丹《ぼたん》の紅《くれない》は、色はまだ褪《あ》せ果てぬが、かえって絵のように見えて、薄暗い中へ衝《つ》と入った主《あるじ》の姫が、白と紫を襲《かさ》ねた姿は、一種言うべからざる色彩があった。
「道、」
「は、」と、答《いらえ》をし、大人しやかな小間使は、今座に直った勇美子と対向《さしむかい》に、紅革《べにかわ》の蒲団《ふとん》を直して、
「千破矢様の若様、さあ、どうぞ。」
 帽子も着たままで沓脱《くつぬぎ》に突立《つった》
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