いじゃあないか難有う……と。」
「じゃアまああっちへ参りましょう。」
と言いかけて勇美子は身を返した。塀の外をちらほらと人の通るのが、小さな節穴を透《すか》して遙《はるか》に昼の影燈籠《かげどうろう》のように見えるのを、熟《じっ》と瞻《みまも》って、忘れたように跪居《ついい》る犬を、勇美子は掌《てのひら》ではたと打って、
「ほら、」
ジャムは二三尺|飛退《とびすさ》って、こちらを向いて、けろりとしたが、衝《つ》と駈出《かけだ》して見えなくなった。
「活きてるんだな。やっぱり。」といって滝太郎一笑す。
振向いて見たばかり、さすがこれには答えないで、勇美子は先に立って鷹揚《おうよう》である。
三
「いらっしゃいまし。」
縁側に手を支《つか》えて、銀杏返《いちょうがえし》の小間使が優容《しとやか》に迎えている。後先《あとさき》になって勇美子の部屋に立向うと、たちまち一種身に染みるような快い薫《かおり》がした。縁の上も、床の前も、机の際も、と見ると芳《かんばし》い草と花とで満《みた》されているのである。ある物は乾燥紙の上に半ば乾き、ある物は圧板《おしいた》の下に露を吐
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