方におなりなさいましても、貴方、」
「何だ。」
「見棄てちゃあ、私は厭《いや》。」
「こんなに世話になった上、まだ心配を懸けさせる、僕のようなものを、何だって、また、そういうことを言うんだろう。」
「ふ、」と泣くでもなし、笑うでもなし、極《きまり》悪げに、面を背けて、目が見えないのも忘れたらしい。
「お雪さん。」
「はい。」
「どうしてこんなになったろう、僕は自分に解らないよ。」
「私にも分りません。」
「なぜだろう、」
莞爾《にっこり》して、
「なぜでしょうねえ。」
表の戸をがたりと開けて、横柄に、澄して、
「おい、」
二十三
声を聞くとお雪は身を窘《すく》めて小さくなった。
「居るか、おい、暗いじゃないか。」
「唯今、」
「真暗《まっくら》だな。」
例の洋杖《ステッキ》をこつこつ突いて、土間に突立《つった》ったのは島野紳士。今めかしくいうまでもない、富山の市《まち》で花を売る評判の娘に首っ丈であったのが、勇美姫おん目を懸けさせたまうので、毎日のように館《やかた》に来る、近々と顔を見る、口も利くというので、思《おもい》が可恐《おそろ》しくなると、この男、自分
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