》で、しばしば男の顔を透かして差覗《さしのぞ》く。
 男はこの時もう黙ってしまい、顔を背けて避《よ》けようとするのを、また、
「御覧なさいな、」と、人知れずお雪は涙含《なみだぐ》んで、見る見る、男の顔の色は動いた。はッと思うと、
「止せ!」
 若山は掌《てのひら》をもてはたと払ったが、端《はし》なく団扇を打って、柄は力のない手を抜けて、庭に落ちた。
「あれ、」といってお雪は顔を見ながら、と胸を衝《つ》いて背後《うしろ》に退《すさ》る。
 渠《かれ》は膝を立直して、
「見えやあしない。」
「ええ!」


「僕の目が潰《つぶ》れたんだ。」
 言いさま整然《ちゃん》として坐り直る、怒気満面に溢《あふ》れて男性の意気|熾《さかん》に、また仰ぎ見ることが出来なかったのであろう、お雪は袖で顔を蔽《おお》うて俯伏《うつぶし》になった。
「どうしたならどうしたと聞くさ、容体はどうです目が見えないか、と打出して言えば可《い》い。何だって、人を試みるようなことをして困らせるんだい、見えない目前《めさき》へ蛍なんか突出して、綺麗だ、動く、見ろ、とは何だ。残酷だな、無慈悲じゃあないか、星が飛んだの、蛍が歩くの
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