の淋しい。お雪は草の中にすッくと立って、じっと男の方を視《なが》めたが、爪先《つまさき》を軽く、するすると縁側に引返《ひっかえ》して、ものありげに――こうつんとした事は今までにはなかったが――黙って柄の方から団扇を受取り、手を返して、爪立《つまだ》って、廂を払うと、ふッと消えた、光は飜《ひるがえ》した団扇の絵の、滝の上を這《ほ》うてその流《ながれ》も動く風情。
 お雪は瞻《みまも》って、吻《ほっ》と息を吐《つ》いて、また腰を懸けて、黙って見ていた、目を上げて、そと男の顔を透かしながら、腰を捻《ね》じて、斜《ななめ》に身を寄せて、件《くだん》の団扇を、触らぬように、男の胸の辺りへ出して、
「可愛いでしょう、」といった声も尋常《ただ》ならず。
「何か、石滝の蛍か、そうか。」といって若山は何ともなしに微笑《ほほえ》んだが、顔は園生の方を向いて、あらぬ処を見た。涼しい目はぱッちりと開いていたので、蛍は動いた。団扇は揺れて、お雪の細い手は震えたのである。

       二十一

「歩きますわ、御覧なさいな。」と沈んだ声でいいながら、お雪は打動かす団扇の蔭から、儚《はか》ない一点の青い灯《ともし
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