珍らしいものであった、一つ一《びと》つ市中へ出て来るのは皆石滝から迷うて来るのだといい習わす。人に狩り取られて、親がないか、夫がないか、孤《みなしご》、孀婦《やもめ》、あわれなのが、そことも分かず彷徨《さまよ》って来たのであろう。人|可懐《なつかし》げにも見えて近々と寄って来る。お雪は細い音《ね》に立てて唇を吸って招きながら、つかつかと出て袂《たもと》を振った、横ぎる光の蛍の火に、細い姿は園生《そのう》にちらちら、髪も見えた、仄《ほのか》に雪なす顔を向けて、
「団扇を下さいなちょいと、あれ、」と打つ。蛍は逸《そ》れて、若山が上の廂《ひさし》に生えた一八《いちはつ》の中に軽《かろ》く留まった。
「さあ、団扇、それ、ははは……大きな女の嬰児《あか》さんだな。」と立ちも上らず坐ったまま、縁側から柄ばかり庭の中へ差向けたが、交際《つきあい》にも蛍かといって発奮《はず》みはせず、動悸《どうき》のするまで立廻って、手を辷《すべ》らした、蛍は、かえってその頭の上を飛ぶものを、振仰いで見ようともせぬ、男の冷《ひやや》かさ。見当違いに団扇を出して、大きな嬰児《あかんぼ》だといって笑ったが、声も何となくも
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