雪は、突然驚いたようにいった。
「あれ星が飛びましたよ。」
湯の谷もここは山の方へ尽《はずれ》の家で、奥庭が深いから、傍《はた》の騒しいのにもかかわらず、森《しん》とした藪蔭《やぶかげ》に、細い、青い光物が見えたので。
「ああ、これから先はよくあるが、淋しいもんだよ。」
と力なげに団扇持った手を下げて、
「今も婆さんが深切に言ってくれたが、お雪さん、人が悪いという処へ推して行《ゆ》くのは不可《いけ》ない。何も、妖物《ばけもの》が出るの、魔が掴《つか》むのということは、目の前にあるとも思わないが、昔からまるで手も足も入《い》れない処じゃあ、人の知らない毒虫が居て刺そうも知れず、地《つち》の工合《ぐあい》で蹈《ふ》むと崩れるようなことがないとも限らないから。」
「はい、」
「行《ゆ》く気じゃあるまいね。」とやや力を籠《こ》めて確めた。
「はい、」と言懸けて、お雪は心に済まない様子で後を言い残して黙ったが、慌《あわただ》しく、
「蛍です。」
衝《つ》と立った庭の空を、つらつらと青い糸を引いて、二筋に見えて、一つ飛んだ。
「まあ、珍らしい、石滝から参りました。」
この辺《あたり》に蛍は
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