の癖に、昼も夜も寂莫《せきばく》として物音も聞えず、その細君が図抜けて美しいといって、滅多に外へ出たこともないが、向うも、隣も、筋向いも、いずれ浅間で、豆洋燈《まめランプ》の灯が一ツあれば、襖《ふすま》も、壁も、飯櫃《めしびつ》の底まで、戸外《おもて》から一目に見透かされる。花売の娘も同じこと、いずれも夜が明けると富山の町へ稼ぎに出る、下駄の歯入、氷売、団扇売、土方、日傭取《ひやとい》などが、一廓を作《な》した貧乏町。思い思い、町々八方へ散《ちら》ばってるのが、日暮になれば総曲輪から一筋道を、順繰に帰って来るので、それから一時《ひとしきり》騒がしい。水を汲《く》む、胡瓜《きゅうり》を刻む。俎板《まないた》とんとん庖丁チョキチョキ、出放題な、生欠伸《なまあくび》をして大歎息を発する。翌日《あくるひ》の天気の噂をする、お題目を唱える、小児《こども》を叱る、わッという。戸外《おもて》では幼い声で、――蛍来い、山見て来い、行燈《あんど》の光をちょいと見て来い!
「これこれ暗くなった。天狗様が攫《さら》わっしゃるに寝っしゃい。」と帰途《かえり》がけに門口《かどぐち》で小児を威《おど》しながら、婆
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