で、こっちは南、田※[#「なべぶた/(田+久)」、264−5]《たんぼ》も広々としていつも明《あかる》うござりますほど、石滝は陰気じゃで、そのせいでもござりましょうか、評判の魔所で、お前様、ついしか入ったものの無事に帰りました例《ためし》はござりませぬよ。」
「その奥に黒百合があるんですッて、」お雪は婆さんの言《ことば》を取って、確めてこれを男に告げた。
 若山はややあって、
「そりゃきっとあるな、その色といい、形といい、それからその昔からの言い伝《つたえ》で、何か黒百合といえば因縁事の絡《まつ》わった、美しい、黒い、艶《つや》を持った、紫色の、物凄《ものすご》い、堅い花のように思われるのに、石滝という処は、今の談《はなし》では、場処も、様子もその花があって差支えないと考える。もっとも有ることはあるのだから、大方黒百合が咲いてるだろう。夏月《かげつ》花ありという時節もちょうど今なんだけれども、何かね、本当にあるものなら、お前さん、その嬢さんに頼まれたから、取りにでも行《ゆ》こうというのか。」と落着いて尋ねて、渠《かれ》は気遣わしく傾いた。
「…………」お雪はふとその答に支《つか》えたが
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