問に応ずべき、経験と知識とを有しているので、
「はい、石滝《いわたき》の奥には咲くそうでござります。」
若山は静かに目を眠ったまま、
「どんな処ですか。」
「蛍の名所なのね。」とお雪は引取る。
「ええ、その入口迄は女子供も参りまする、夏の遊山場でな、お前様。お茶屋も懸《かか》っておりまするで、素麺《そうめん》、白玉、心太《ところてん》など冷物《ひやしもの》もござりますが、一坂越えると、滝がござります。そこまでも夜分参るものは少い位で、その奥山と申しますと、今身を投げようとするものでも恐がって入りませぬ。その中でなければ無いと申しますもの、とても見られますものではござりますまい。」婆さんは言って、蚊遣を煽《あお》ぐ団扇の手を留めて、その柄を踞《つくば》った膝の上にする。
「それでは滝があって蛍の名所、石滝という処は湿地だと見えるね。」
「それはもう昼も夜も真暗《まっくら》でござります。いかいこと樹が茂って、満月の時も光が射《さ》すのじゃござりませぬ。
一体いつでも小雨が降っておりますような、この上もない陰気な所で、お城の真北《まッきた》に当りますそうな。ちょうどこの湯の谷とは両方の端
前へ
次へ
全199ページ中55ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング