の、知事の嬢さんが、よく知ってお在《いで》だろうが、黒百合というのもやっぱりその百合の中の一ツで、花が黒いというけれども、私が聞いたのでは、真黒《まっくろ》な花というものはないそうさ。」
「はい、」しばらくして、「はい、」媼は返事ばかりでは気が済まぬか、団扇持つ手と顔とを動かして、笑傾《えみかたむ》けては打頷《うちうなず》く。
「それでは、あの本当はないのでございますか。」とお雪は拓の座を避けて、斜《ななめ》に縁側に掛けている。
「いえ、無いというのじゃあないよ。黒い色のはあるまいと思うけれども、その黒百合というのは帯紫暗緑色で、そうさ、ごくごく濃い紫に緑が交《まじ》った、まあ黒いといっても可いのだろう。花は夏咲く、丈一尺ばかり、梢《こずえ》の処へ莟《つぼみ》を持つのは他《ほか》の百合も違いはない。花弁《はなびら》は六つだ、蕊《しべ》も六つあって、黄色い粉の袋が附着《くッつ》いてる。私が聞いたのはそれだけなんだ。西洋の書物には無いそうで、日本にも珍らしかろう。書いたものには、ただ北国《ほっこく》の高山で、人跡の到らない処に在るというんだから、昔はまあ、仙人か神様ばかり眺めるものだと思っ
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