氏の孤児《みなしご》で、父はかつて地方裁判所に、明決、快断の誉《ほまれ》ある名士であったが、かつて死刑を宣告した罪囚の女《むすめ》を、心着かず入れて妾《しょう》として、それがために暗殺された。この住居《すまい》は父が静を養うために古屋《こおく》を購《あがな》った別業の荒れたのである。近所に、癩病《かったい》医者だと人はいうが、漢方医のある、その隣家《となり》の荒物屋で駄菓子、油、蚊遣香《かやりこう》までも商っている婆さんが来て、瓦鉢《かわらばち》の欠けた中へ、杉の枯葉を突込《つっこ》んで燻《いぶ》しながら、庭先に屈《かが》んでいるが、これはまたお雪というと、孫も子も一所にして、乳で育てたもののように可愛《かわゆ》くてならないので。
一体、ここは旧《もと》山の裾の温泉宿《ゆやど》の一廓であった、今も湯の谷という名が残っている。元治年間立山に山|崩《くずれ》があって洪水《でみず》の時からはたと湧《わ》かなくなった。温泉《いでゆ》の口は、お雪が花を貯えておく庭の奥の藪畳《やぶだたみ》の蔭にある洞穴《ほらあな》であることまで、忘れぬ夢のように覚えている、谷の主とも謂《い》いつべき居てつきの媼
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