印が着いたぞ。」
「え!」と吃驚《びっくり》して慌てて見ると、上衣《うわぎ》の裾に白墨で丸いもの。
「どうじゃ。」
「失敬な、」とばかり苦い顔をして、また手巾《ハンケチ》を引出した。島野はそそくさと払い落して、
「止したまえ。」
「ははは、構わん、遣れ。あの花売は未曾有《みぞう》の尤物《ゆうぶつ》じゃ、また貴様が不可《いけ》なければ私《わし》が占めよう。」
「大分、御意見とは違いますように存じますが。」
「英雄色を好むさ。」と傲然《ごうぜん》として言った。二人が気の合うのはすなわちここで、藁草履と猟犬と用いる手段は異なるけれども、その目的は等《ひとし》いのである。
 島野は気遣わしそうに見えて、
「まさか、君、花売が処へは、用いまいね、何を、その白墨を。」
「可いわい、一ツぐらい貴様に譲ろう。油断をするな、那奴《あいつ》また白墨|一抹《いちまつ》に価するんじゃから。」

       十六

「貴方《あなた》御存じでございますか。」
「ああ、今のその話の花か。知ってはいない、見たことはないけれどもあるそうだ。いや、有るに違いはないんだよ。」
 萱《かや》の軒端《のきば》に鳥の声、という
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