《ひっぱ》って行って、吐《ぬか》せと、二ツ三ツ横面《よこッつら》をくらわしてから、親どもを呼出して引渡した。ははは、元来東洋の形勢日に非なるの時に当って、植込の下で密会するなんざ、不埒《ふらち》至極じゃからな。」
「罪なこッたね、悪い悪戯《いたずら》だ、」と言懸けて島野は前後を見て、杖《ステッキ》を突いた、辻の角で歩を停《とど》めたので。
「どこへ行《ゆ》こうかね。」
 榎の梢《こずえ》は人の家の物干の上に、ここからも仰いで見らるる。
「総曲輪へ出て素見《ひやか》そうか。まあ来いあそこの小間物屋の女房にも、ちょいと印が付いておるじゃ。」
「行き届いたもんですな。」
「まだまだこれからじゃわい。」
「さよう、君のは夜が更けてからがおかしいだろうが、私は、その晩《おそ》くなると家《うち》が妙でないから失敬しよう。」
「ははあ、どこぞ行くんかい。」
「ちょいと。」
「そんなら行《ゆ》け。だが島野、」と言いながら紳士の顔を、皮の下まで見透かすごとくじろりと見遣って、多磨太はにやり。
 擽《くすぐ》られるのを耐《こら》えるごとく、極めて真面目《まじめ》で、
「何かね、」
「注意せい、貴様の体にも
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