もので、
「口切《くちきり》の商《あきない》でございます、本磨《ほんみがき》にして、成程これならばという処を見せましょう、これから艶布巾《つやぶきん》をかけて、仕上げますから。」
「止せ。」
滝太郎の声はやや激して、振放そうとして力を入れる。押えて動かさず、
「ま、もうちっと辛抱をなさいましな、これから裏の方を磨きましょうね。」
婦人《おんな》はこういいつつ、ちらちらと目をつけて、指環の形、顔、服装《みなり》、天窓《あたま》から爪先《つまさき》まで、屹《きっ》と見てはさりげなく装うのを、滝太郎は独り見て取って、何か憚《はばか》る処あるらしく、一度は一度、婦人《おんな》が黒い目で睨《にら》む数の重《かさな》るに従うて、次第に暗々|裡《り》に己《おのれ》を襲うものが来《きた》り、近《ちかづ》いて迫るように覚えて、今はほとんど耐難《たえがた》くなったと見え、知らず知らず左の手が、片手その婦人《おんな》に持たれた腕に懸《かか》って、力を添えて放そうとする。肩は聳《そび》え、顔には薄く血を染めて、滝太郎は眉を顰《ひそ》めた。
「可いッてんだい。」
「お待ち!」とばかりで婦人《おんな》も商売を
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