おくんな。」
「結構じゃありませんかね。」
「お銭《あし》がなくっちゃあ不可《いけ》ねえか、ここにゃ持っていねえんだが、可《よ》かったらつけてくんねえ。後で持たして寄越《よこ》すぜ。」
と真顔でいう、言葉つき、顔形、目の中《うち》をじっと見ながら、
「そんな吝《けち》じゃアありませんや。お望《のぞみ》なら、どれ、附けて上げましょう。」と婦人《おんな》は切の端に銀流を塗《まぶ》して、滝太郎の手を密《そっ》と取った。
「ようよう、」とまた後《うしろ》の方で、雀海中に入った時のごとき、奇なる音声を発する者あり。
十二
「可《い》いぜ、可いぜ、沢山だ、」と滝太郎はやや有って手を引こうとする、ト指の尖《さき》を握ったのを放さないで、銀流の切《きれ》を摺着《すりつ》けながら、
「よくして上げましょう、もう少しですから。」
「沢山だよ。」
「いいえ、これだけじゃあ綺麗にはなりません。」と婦人《おんな》は急に止《や》めそうにもない。
「さあ、大変。」
「お静《しずか》に、お静に。」
「構わず、ぐっと握るべしさ、」
「しっかり頼むぜ。」
などと立合はわやわやいうのを、澄《すま》した
前へ
次へ
全199ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング