」
「指環でも出来るかい。」
「ええ、出来ますとも、何でもお出しなさいましよ。」
「そう、」と極めてその意を得たという調子で、いそいそずッと出て、店前《みせさき》の地《つち》へ伝法に屈《かが》んだのは、滝太郎である。遊好《あそびずき》の若様は時間に関らず、横町で糸を切って、勇美子の頭飾《かみかざり》をどうして取ったか、人知れず掌《たなそこ》に弄《もてあそ》んだ上に、またここへ来てその姿を顕《あらわ》した。
滝太郎は、さすがに玉のような美しい手を握って、猶予《ためら》わず、売物の銀流の粉《こ》の包、お験しの真鍮板、水入、絹の切などを並べた女の膝の前に真直《まっすぐ》に出した。指環のきらりとするのを差向けて、
「こいつを一つ遣《や》ってくんねえな。」
立合の手合はもとより、世擦れて、人馴れて、この榎の下を物ともせぬ、弁舌の爽《さわやか》な、見るから下っ腹に毛のない姉御《あねご》も驚いて目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》った。その容貌《ようぼう》、その風采《ふうさい》、指環は紛うべくもない純金であるのに、銀流しを懸けろと言うから。
「これですかい。」
「ちょいと遣って
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