右を※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》して、叱りもしない、滝太郎の涼しやかな目は極めて優しく、口許《くちもと》にも愛嬌《あいきょう》があって、柔和な、大人しやかな、気高い、可懐《なつか》しいものであったから、南無三《なむさん》仕損じたか、逃後《にげおく》れて間拍子を失った悪戯者《いたずらもの》。此奴《こいつ》羽搏《はばたき》をしない雁だ、と高を括《くく》って図々しや。
「ええ、そっちを引張んねえ。」
「下へ、下へ、」
「弛《ゆる》めて、潜《くぐ》らせやい。」
「巻付けろ。」
遊軍に控えたのまで手を添えて、搦《から》め倒そうとする糸が乱れて、網の目のように、裾、袂、帯へ来て、懸っては脱《はず》れ、また纏《まと》うのを、身動きもしないで、彳《たたず》んで、目も放さず、面白そうに見ていたが、やや有って、狙《ねらい》を着けたのか、ここぞと呼吸を合わせた気勢《けはい》、ぐいと引く、糸が張った。
滝太郎は早速に押当てていた唇を指から放すと、薄月《うすづき》にきらりとしたのは、前《さき》に勇美子に望まれて、断乎として辞し去った指環である。と見ると糸はぷつりと切れて、足も、膝も遮
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