の単衣《ひとえ》の衣紋《えもん》を緩《くつろ》げ――弥蔵《やぞう》という奴――内懐に落した手に、何か持って一心に瞻《みつ》めながら、悠々と歩を移す。小間使が言った千破矢の若君という御容子《ごようす》はどこへやら、これならば、不可《いけね》えの、居やがるのと、いけぞんざいなことも言いそうな滝太郎。
「ふん。」
 片微笑《かたほえみ》をして、また懐の中を熟《じっ》と見て、
「おいらのせいじゃあないぞ。」と仇口《あだぐち》に呟《つぶや》いた。
「やあい、やい」
「盲目《めくら》やあい。」
 小児《こども》は一時《いちどき》に哄《どッ》と囃したが、滝太郎は俯向いたまま、突当ったようになって立停《たちどま》ったばかり、形も崩さず自若としていた。
 膝の辺りへ一条《ひとすじ》の糸が懸《かか》ったのを、一生懸命両方から引張《ひっぱ》って、
「雁が一羽懸った、」
「懸った、懸った、」と夢中になり、口々に騒ぎ立つのは、大方獲物が先刻《さっき》のごとく足を取られたと思ったろう。幼いものは、驚破《すわ》というと自分の目を先に塞《ふさ》ぐのであるから、敵の動静はよくも認めず、血迷ってただ燥《はしゃ》ぐ。
 左
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