子を無造作に頂いて、絹の手巾《ハンケチ》の雪のような白いのを、泥に染めて、何か包んだものを提げている。
成程これならば、この食客的紳士が、因ってもって身の金箔《きんぱく》とする処の知事の君をも呼棄てにしかねはせぬ。一国の門閥《もんばつ》、先代があまねく徳を布《し》いた上に、経済の道|宜《よろ》しきを得たので、今も内福の聞えの高い、子爵|千破矢《ちはや》家の当主、すなわち若君|滝太郎《たきたろう》である。
「お宅でございます、」と島野紳士は渋々ながら恭《うやうや》しい。
「学校は休《やすみ》かしら。」
「いえ、土曜日《はんどん》なんで、」
「そうか、」と謂《い》い棄てて少年はずッと入った。
「ちょッ。」
その後を見送って、島野はつくづく舌打をした。この紳士の不平たるや、単に呼棄てにされて、その威厳の幾分を殺《そ》がれたばかりではない。誰《たれ》も誰も一見して直ちに館《やかた》の飼犬だということを知って、これを従えた者は、知事の君と別懇の者であるということを示す、活《い》きた手形のようなジャムの奴《やつ》が、連れて出た己《おのれ》を棄てて、滝太郎の後から尾を振りながら、ちょろちょろと入
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