ものちょう》の邸《やしき》の門で、活溌に若い声で呼んだ。
 呼ばれたのは、知事の君が遠縁の法学生、この邸に奇寓《きぐう》する食客《しょっかく》であるが、立寄れば大樹《おおき》の蔭で、涼しい服装《みなり》、身軽な夏服を着けて、帽を目深《まぶか》に、洋杖《ステッキ》も細いので、猟犬ジャム、のほうずに耳の大《おおき》いのを後《うしろ》に従え、得々として出懸ける処《ところ》、澄ましていたのが唐突《だしぬけ》に、しかも呼棄《よびず》てにされたので。
 およそ市中において、自分を呼棄てにするは、何等《なにら》の者であろうと、且つ怪《あやし》み、且つ憤って、目を尖《とが》らして顔を上げる。
「島野。」
「へい、」と思わず恐入って、紳士は止《や》むことを得ず頭《かしら》を下げた。
「勇美《ゆみ》さんは居るかい。」と言いさま摺《す》れ違い、門を入ろうとして振向いて言ったのは、十八九の美少年である。絹セルの単衣《ひとえ》、水色|縮緬《ちりめん》の帯を背後《うしろ》に結んだ、中背の、見るから蒲柳《ほりゅう》の姿に似ないで、眉も眦《まなじり》もきりりとした、その癖|口許《くちもと》の愛くるしいのが、パナマの帽
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