五十七
我が手働かず、足動かず、目はただ天涯の一方に、白き花に埋《うず》もれたお雪を見るばかり。片手をもって抱き得るような、細い窶《やつ》れた妻の体を、理学士はいかんともすることならず。
お雪は黒百合の花を捧げて、身に影も添わず、淋しく心細げに彳《たたず》んでいたが、およそ十歩を隔てて少年が一度振返って見た時、糸をもて操らるるかと二足三足後を追うたが、そのまま素気《そっけ》なく向うを向いてしまったので、力無げに歩《あゆみ》を停《とど》めた、目には暗涙を湛《たた》えたり。
やがて後姿に触れて、ゆさゆさと揺《ゆす》ぶられる、のりうつぎ[#「のりうつぎ」に傍点]の花の梢《こずえ》は、少年を包んで見えなくなった。
これをこそは待ち得たれ、黒い星一ツ遥《はる》か彼方《かなた》の峰に現れたと見ると、風に乗って矢のごとくに颯《さっ》と寄せた。すわやと見る目の前の、鷲の翼は四辺《あたり》を暗くした中に、娘の白い膚《はだえ》を包んで、はたと仰向《あおむけ》に僵《たお》れた。
「あれえ、」
叫ぶに応じて少年は、再び猛然として顕《あらわ》れたが、宙を飛んで躍りかかった。拳《こぶし》
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