かいてい》であるように考えるらしく、絶望した窮厄の中に縷々《るる》として一脈の霊光を認めたごとく、嬉しげに且つ快げにいって莞爾《かんじ》とした。いまわの際に少年は、刻下無意識になった恋人に対して、為《ため》に生命を致すその報酬を求めたのではない。繊弱小心の人の、知死|期《ご》の苦痛の幾分を慰めんとしたのである。
拓は夢に、我は棄てられるのであろうと思った、お雪は自分を見棄てるであろうと思った。少年がその時のその意気、その姿、その風情は、たとい淑徳貞操の現化《げんげ》した女神《にょしん》であっても、なお且つ、一糸|蔽《おお》える者なきその身を抱《いだ》かれて遮ぎり難く見えたから。
五十六
理学士はまた心から、十《とお》の我に百を加えても、なお遥《はる》かにその少年に及ばないことを認めたのである。
たとえば己《おの》が目は盲《し》いたるに、少年の眼《まなこ》は秋の水のごとく、清く澄んで星のごとく輝くのである。我はお雪の供給に活《い》きて、渠《かれ》をして石滝の死地に陥《おちい》らしめたのに、少年はその優しき姿と、斗大の胆をもって、渠を救うために目前荒鷲と戦っている。
前へ
次へ
全199ページ中183ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング