。
理学士は夢中ながら、おのが命をもって与えんとして、三年《みとせ》の間朝夕室を同《おな》じゅうした自分の口からも、かほどまでに情の籠《こも》った、しかも無邪気な、罪のないことをいい得なかったことを思って、ひしと胸を打たるるがごとくに感じたのである。
我にもあらず、最後を取乱したお雪の耳にも、かかる言《ことば》は聞えたのであろう[#「あろう」は底本では「あらう」]。
「勿体のうございます。」と、神に謝するがごとくにいった。
「その意《つもり》で諦《あきら》めねえ。おい、そう泣くのは止せ、弱虫だと見ると馬鹿にするぜ、ももんがあ。」といって大空を。
「はい、もう泣きはいたしません。私が先へ覚悟をしておりましたものを、お可恥《はずか》しゅうございます。」と、手をついて面を上げた。そして顔と顔を見合せた時、少年はほとんど友白髪まで添遂げた夫婦《みょうと》のごとく、事もなげに冷い玉かと見えるお雪の肩に手を掛けて、
「助かったら何よ、おいらが邸《やしき》へ来ねえ、一所に楽をしようぜ、面白く暮そうな。」と、あたかも死を賭《かけもの》にしたこの難境は、将来のその楽《たのしみ》のために造られた階梯《
前へ
次へ
全199ページ中182ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング