、理学士は恐しい夢を見た。
 こはいかに! 乾坤別有天《けんこんべつにてんあり》。いずこともなく、天|麗《うらら》かに晴れて、黄昏か、朝か、気|清《すず》しくして、仲秋のごとく澄渡った空に、日も月の形も見えない、たとえば深山《みやま》にして人跡《ひとあと》の絶えたる処と思うに、東西も分かず一筋およそ十四五町の間、雪のごとく、霞のごとく敷詰めた白い花。と見ると卯《う》の花のようで、よく山奥の溪間《たにあい》、流《ながれ》に添うて群《むれ》生ずる、のりうつぎ(サビタの一種)であることを認めた
 時にそよとの風もなく、花はただ静かに咲満ちて、真白《まっしろ》な中に、ここかしこ二ツ三ツ岩があった。その岩の辺りで、折々花が揺れて、さらさらと靡《なび》くのは、下を流るる水の瀬が絡まるのであろう、一鳥声せず。
 理学士は、それともなく石滝の奥ではないかと、ふと心着いて恍惚《うっとり》となる処へ、吹落す疾風《はやて》一陣。蒼空《あおぞら》の半《なかば》を蔽《おお》うた黒い鳥、片翼およそ一間余りもあろう[#「あろう」は底本では「あらう」]と思う鷲《わし》が、旋風《つむじ》を起して輪になって、ばッと落して
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