町が少し引くかと思うと、総曲輪が湖《うみ》だという。それに、間を置いちゃあ大雨ですから市中は戦《いくさ》です。壁が壊《くず》れたり、材木が流れたりしますんですが、幸いまだ家が流れる程じゃあないので、ちょうど石滝の方は橋が出たという噂ですから、どうにか路は歩行《ある》かれましょう。お目に懸《かか》って、いよいと貴方でございます日にゃあ、こっちの嬢さんは御主人なり、一方にゃあ姉御がいった若様もいらっしゃる。どうでございましょう、この辺は水は大丈夫でございますか、もしそれが心配だと貴方ばかりではお目の御不自由、と打遣《うっちゃ》っちゃあ参られませんが。」
「慶造、六十年近くもここに居る荒物屋の婆さんがいうんだ、水には大丈夫だそうだから、私には構わんでも可い。」
心安く言ったので、慶造は雀躍《こおどり》をして、
「それじゃあ後髪を引かれねえで、可うがす。お二人の先途を見届けて参りましょう。小主公《わかだんな》お気を着けなすって、後《のち》ともいわず直ぐに、」
といった。折からの雨はまた篠《しの》を束《つか》ねて、暗々たる空の、殊に黄昏《たそがれ》を降静める。
慶造は眉を濡らす雫《しずく》
前へ
次へ
全199ページ中172ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング