、その指環。」
「え、」と思わず手を返した、滝太郎の指にも黄金《きん》の一条《ひとすじ》の環《わ》が嵌《はま》っている。
「取替ッこにしましょうか。」
「これをかい。」
「はあ、」
勇美子は快活に思い切った物言いである。
滝太郎は目を円《つぶら》にして、
「不可《いけね》え。こりゃ、」
「それでは、ただ下さいな。」
「うむ。」
「取替えるのがお厭なら。」
「止しねえ、お前《めえ》、お前さんの方がよッぽど可《い》いや、素晴しいんじゃないか。俺《おいら》のこの、」
と斜《ななめ》に透かして、
「こりゃ、詰《つま》らない。取替えると損だから、悪いことは言わないぜ、はははは、」と笑ったが、努めて紛らそうとしたらしい。
勇美子は燃ゆるがごとき唇を動かして、動かして、
「惜しいの、大事なんですか。」
「うむ、大事なんだ。」といい放って、縁を離れてそのまますッくと立った。
「帰《けえ》ったら何か持たして寄越《よこ》さあ、邸でも、庫《くら》でも欲しかあ上げよう、こいつあ、後生だから堪忍しねえ。」
勇美子も慌《あわただ》しく立つ処へ、小間使は来て、廻縁の角へ優容《しとやか》に現れた。何にも知ら
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