めない風で、滝太郎はモウセンゴケを載せた手巾《ハンケチ》の先を――ここに耳を引張《ひっぱ》るべき猟犬も居ないから――摘《つま》んでは引きながら、片足は沓脱《くつぬぎ》を踏まえたまま、左で足太鼓を打つ腕白さ。
「取っておいて下さいな。」
 まるで知らなかったのでもないかして、
「いりやしねえよ。さあ、とうとう蟻を食っちゃった、見ねえ、おい。」
 勇美子は引手繰《ひったぐ》られるように一膝出て、わずかに敷居に乗らないばかり。
「よう、おしまいなさいよ。」といったが、端《はした》なくも見えて、急《せ》き込む調子。
「欲《ほし》かアありませんぜ。」
「お厭《いや》。」
「それにゃ及ばないや。」
「それではお礼としないで、あの、こうしましょうか、御褒美。」と莞爾《にっこり》する。
「生意気を言っていら、」
 滝太郎は半ば身を起して腰をかけて言い棄てた。勇美子は返すべき言葉もなく、少年の顔を見るでもなく、モウセンゴケに並べてある贈物を見るでもなく、目の遣《や》り処に困った風情。年上の澄ました中《うち》にも、仇気《あどけ》なさが見えて愛々しい。顔を少し赤らめながら、
「ただ上げては失礼ね、千破矢さん
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