駒《こま》が汗ばんで立ってるのを憚《はばか》って、密《そ》と洋盃《コップ》を齎《もた》らした。右手《めて》をのべて滝太郎が受ける時、駒は鬣《たてがみ》を颯《さっ》と振った。あれと吃驚《びっくり》して女《むすめ》は後《あと》へ。若君は轡《くつわ》を鳴らして、しっかと取りつつ、冷水の洋盃を長く差伸べて、盆に返し、
「沢山だ。おい、可いか、島野、預けるぜ。」
屹《きっ》と向直って、早く手綱を棄てようとする。島野は狼狽《うろた》えて両手を上げて、
「若様どうぞ、そりゃ平に、」とばかり、荒馬を一頭《ひとつ》背負《しょ》わされて、庄司重忠にあらざるよりは、誰かこれを驚かざるべき。見得も外聞も無しに恐れ入り、
「平に御容赦てッたような訳なんです。へい、全く不可《いけ》ません。それにちっと待合わせるものもあるんでございますから。」
と窮したる笑顔を造って、渠《かれ》はほとんど哀を乞う。
滝太郎は黙って頷《うなず》くと斉《ひと》しく、駒の鼻頭《はなづら》を引廻《ひきめぐ》らした。蹄《ひづめ》の上ること一尺、夕立は手綱を柳の樹に結えられて嘶《いなな》いた。
「島野、おい、島野。」
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