なものより、おいらの目が確《たしか》だい。」といって傲然《ごうぜん》とした。
 しかり、名も形も性質も知らないで、湿地の苔の中に隠れ生えて、虫を捕獲するのを発見した。滝太郎がものを見る力は、また多とすべきものである。あらかじめ[#「あらかじめ」は底本では「あからじめ」]書籍《ほん》に就いて、その名を心得、その形を知って、且ついかなる処で得らるるかを学んでいるものにも、容易に求猟《あさ》られない奇品であることを思い出した勇美子は、滝太郎がこの苔に就いて、いまだかつて何等の知識もないことに考え到《いた》って、越中の国富山の一箇所で、しかも薄暗い処でなければ産しない、それだけ目に着きやすからぬ不思議な草を、不用意にして採集して来たことに思い及ぶと同時に、名は知るまいといって誇ったのを、にわかに恥じて、差翳《さしかざ》した高慢な虫眼鏡を引込めながら、行儀悪くほとんど匍匐《はらばい》になって、頬杖《ほおづえ》を突いている滝太郎の顔を瞻《みまも》って、心から、
「あなたの目は恐《こわ》いのね。」と極めて真面目《まじめ》にしみじみといった。
 勇美子は年紀《とし》も二ツばかり上である。去年父母に従う
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