だ。」
「まあ、ここに葉のまわりの針の尖《さき》に、一ツずつ、小さな水玉のような露を持っててね。」
「うむ、水が懸《かか》って、溜《たま》っているんだあな、雨上りの後だから。」
「いいえ、」といいながら勇美子は立って、室《へや》を横ぎり、床柱に黒塗の手提の採集筒と一所にある白金巾《しろかなきん》の前懸《まえかけ》を取って、襟へあてて、ふわふわと胸膝を包んだ。その瀟洒《しょうしゃ》な風采《ふうさい》は、あたかも古武士が鎧《よろい》を取って投懸けたごとく、白拍子が舞衣《まいぎぬ》を絡《まと》うたごとく、自家の特色を発揮して余《あまり》あるものであった。
 勇美子は旧《もと》の座に直って、机の上から眼鏡《レンズ》を取って、件《くだん》の植物の上に翳《かざ》し、じっと見て、
「水じゃあないの、これはこの苔が持っている、そうね、まあ、あの蜘蛛が虫を捕える糸よ。蟻だの、蚋《ぶゆ》だの、留まると遁《の》がさない道具だわ。あなた名を知らないでしょう、これはね、モウセンゴケというんです、ちょいとこの上から御覧なさい。」と、眼鏡《レンズ》を差向けると、滝太郎は何をという仏頂面で、
「詰《つま》らねえ、そん
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