あるのでございます。」
「熱はお前さんを見て帰ったって同一《おんなじ》だ、何暗いたッて日中《ひなか》よ、構やしない。きっとそこらにうろついているに違いない、ちょっと僕は。おい、姉さん帰りに寄ろう。」
「お気をお着け遊ばしていらっしゃいましよ。」
島野は多磨太が先《さきん》じたりと聞くより、胸の内安からず、あたふた床几《しょうぎ》を離れて立ったが、いざとなると、さて容易な処ではない。ほぼ一町もあるという、森の彼方《かなた》にどうどうと響く滝の音は、大河を倒《さかしま》に懸けたように聞えて、その毛穴はここに居る身にもぞッと立った。島野は逡巡して立っている。
折から堤防伝《つつみづた》いに蹄《ひづめ》の音、一人|砂烟《すなけぶり》を立てて、斜《ななめ》に小さく、空《くう》を駆けるかと見る見る近づき、懸茶屋《かけぢゃや》の彼方から歩を緩《ゆる》めて、悠然と打って来た。茶屋の際の葉柳の下枝《しずえ》を潜《くぐ》って、ぬっくりと黒く顕《あら》われたのは、鬣《たてがみ》から尾に至るまで六尺、長《たけ》の高きこと三尺、全身墨のごとくにして夜眼《やがん》一点の白《はく》あり、名を夕立といって知事の君
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