出して、胸の辺りを、さやさや。
「はあ、それが入ったのか。」
「さようでございます。その姉さんは貴方《あなた》、こないだから、昼間参りましたり、晩方来ましたりいたしましては、この辺を胡乱々々《うろうろ》して、行ったり来たりしていたのでございますがね。今日は七日目でございます。まさかそんなことはと存じておりますと、今朝ほどここの前を通りましてね、滝の方へ行ったきり帰りません、きっと入りましたのでございましょう。」
「何かね、全くそんな不思議な処かね。」
「貴方、お疑り遊ばすと暴風雨《あらし》になりますよ。」といって、塗盆を片頬《かたほ》にあてて吻々《ほほ》と笑った、聞えた愛嬌者《あいきょうもの》である。島野は顔の皮を弛《ゆる》めて、眉をびりびり、目を細うしたのは謂《い》うまでもない。
「それは可《い》いが姉さん、心太《ところてん》を一ツ出しておくれな。」
「はい、はい。」
「待ちたまえ、いや、それともまた降られない内に帰るとするかね。」
「どういたしまして、降りませんでも、貴方|川留《かわどめ》でございますよ。」
方二坪ばかり杉葉の暗い中にむくむくと湧上《わきあが》る、清水に浸したのを
前へ
次へ
全199ページ中136ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング