》もまだ切果《きれは》てず、小家がちなる軒に蚊の声のあわただしい湯の谷を出て、総曲輪まで一条《ひとすじ》の径《こみち》にかかり、空を包んだ木の下に隠れて見えなくなった。
「それじゃあ滝さん、もう、ここから帰っておくれ、ちょうど人目にもかからないで済んだ。」
 早朝《あさまだき》町はずれへ来て、お兼は神通川に架した神通橋の袂《たもと》で立停《たちどま》ったのである。雲のごときは前途《ゆくて》の山、煙《けぶり》のようなは、市中《まちなか》の最高処にあって、ここにも見らるる城址《しろあと》の森である。名にし負う神通二百八間の橋を、真中《まんなか》頃から吹断《ふきた》って、隣国の方へ山道をかけて深々と包んだ朝靄《あさもや》は、高く揚って旭《あさひ》を遮り、低く垂れて水を隠した。色も一様の東雲《しののめ》に、流《ながれ》の音はただどうどうと、足許《あしもと》に沈んで響く。
 お兼は立去りあえず頭《かしら》を垂れたが、つと擬宝珠《ぎぼうし》のついた、一抱《ひとかかえ》に余る古びた橋の欄干に目をつけて、嫣然《えんぜん》として、振返って、
「ちょいと滝さん、見せるものがある。ね、この欄干を御覧、種々《
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