温泉《ゆ》の口なる、花室の露を掻潜《かいくぐ》って、山の裾へ出ると前後《あとさき》になり、藪《やぶ》について曲る時、透かすと、花屋が裏庭に、お雪がまだ色も見え分かぬ、朝まだき、草花の中に、折取るべき一個《ひとつ》の籠《かご》を抱いて、しょんぼりとして立っていた。髪|艶《つやや》かに姿白く、袖もなえて、露に濡れたような風情。推するに渠《かれ》は若山の医療のために百金を得まく、一輪の黒百合を欲して、思い悩んでいるのであろう。南天の下に手水鉢《ちょうずばち》が見えるあたりから、雨戸を三枚ばかり繰った、奥が真四角《まッしかく》に黒々と見えて、蚊帳の片端の裾が縁側へ溢《あふ》れて出ている。ト見る時、また高らかに蜩《ひぐらし》が鳴いた。
「そらね、あれだから。」
と苦笑する。滝太郎と囁《ささや》き合い、かかることに馴《な》れて忍《しのび》の術を得たるごとき両個の人物は、ものおもうお雪が寝起《ねおき》の目にも留まらず、垣を潜《くぐ》って外へ出ると、まだ閉切ってある、荒物屋の小店の、燻《くすぶ》った、破目《やれめ》や節穴の多い板戸の前を抜けて、総井戸の釣瓶《つるべ》がしとしとと落つる短夜の雫《しずく
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