らず、あやふやに立とうとする。
「道、」
「はい。」
「冷水《おひや》が可いぜ、汲立《くみたて》のやつを持って来てくんねえ、後生だ。」
 といいも終らず、滝太郎はつかつかと庭に出て、飛石の上からいきなり地《つち》の上へ手を伸ばした、疾《はや》いこと! 掴《つかま》えたのは一疋の小さな蟻《あり》。
「おいらのせいじゃあないぞ、何だ、蟻のような奴が、譬《たとえ》にも謂《い》わあ、小さな体をして、動いてら。おう、堪忍しねえ、おいらのせいじゃあないぞ。」といいいい取って返して、縁側に俯向《うつむ》いて、勇美子が前髪を分けたのに、眉を隠して、瞳を件《くだん》の土産に寄せて、
「見ねえ。」
 勇美子は傍目《わきめ》も触《ふ》らないでいた。
 しばらくして滝太郎は大得意の色を表して、莞爾《にっこ》と微笑《ほほえ》み、
「ほら、ね、どうだい、だから難有《ありがと》うッて、そう言いねえな。」
「どこから。」といって勇美子は嬉しそうな、そして頭《つむり》を下げていたせいであろう、耳朶《みみもと》に少し汗が染《にじ》んで、※[#「目+匡」、第3水準1−88−81]《まぶち》の染まった顔を上げた。
「どこから
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