らず》を越さねばならぬからと、大事を取って、大廻《おおまわり》に東海道、敦賀、福井、金沢、高岡、それから富山。
三十五
湯の谷の神の使だという白烏《しろからす》は、朝月夜にばかり稀《まれ》に見るものがあると伝えたり。
ものの音はそれではないか。時ならず、花屋が庭|続《つづき》の藪《やぶ》の際に、かさこそ、かさこそと響《ひびき》を伝えて、ややありて一面に広々として草まばらな赤土の山の裾《すそ》へ、残月の影に照らし出されたのは、小さい白い塊である。
その描けるがごとき人の姿は、薄《うッす》りと影を引いて、地の上へ黒い線が流るるごとく、一文字に広場を横切って、竹藪を離れたと思うと、やがて吹流しに手拭を被《かぶ》った婦人《おんな》の姿が顕《あらわ》れて立ったが、先へ行《ゆ》く者のあとを拾うて、足早に歩行《ある》いて、一所になると、影は草の間に隠れて、二人は山腹に面した件《くだん》の温泉《ゆ》の口の処で立停《たちどま》った。夏の夜はまだ明けやらず、森《しん》として、樹の枝に鳥が塒《ねぐら》を蹈替《ふみか》える音もしない。
「跟《つ》いておいで、この中だ。」と低声《こごえ》
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