で、地平線上に異状を呈した、モウセンゴケの作用は、むしろ渠がいまだかつて見も聞きもしなかったほど一層心着くに容易《たやす》いのであった。あたかも可し、さる必用を要する渠が眼《まなこ》は、世に有数の異相と称せらるる重瞳《ちょうどう》である。ただし一双ともにそうではない、左一つ瞳《ひとみ》が重《かさな》っている。
 そのせいであったろう。浅草で母親が病んで歿《みまか》る時、手を着いて枕許《まくらもと》に、衣帯を解かず看護した、滝太郎の頸《うなじ》を抱いて、(お前は何でもしたいことをおしよ、どんなことでもお前にはきっと出来るのだから、)といったッきり、もう咽喉《のど》がすうすうとなった。
 その上また母親はあらかじめ一封の書を認《したた》めておいて、不断滝太郎から聞き取って、その自分の信用を失うてまで、人の忌嫌う我児を愛育した先生に滝太郎の手から託さするように遺言して、(私が亡くなった後で、もしも富山からだといって人が尋ねて来たら、この手紙を渡して下さい。開けちゃあ不可《いけ》ません、来なかったらばそのままで破って下さい、きっとお見懸け申してお頼み申します。)と言わせたのである。
 やや一月
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