ってた滝太郎は、突然《いきなり》縁に懸けて後《うしろ》ざまに手を着いたが、不思議に鳥の鳴く音《ね》がしたので、驚いて目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って、また掌《てのひら》でその縁の板の合せ目を圧《おさ》えてみた。
「何だい、鳴るじゃあないか、きゅうきゅういってやがら、おや、可訝《おかし》いな。」
「お縁側が昔のままでございますから、旧《もと》は好事《ものずき》でこんなに仕懸けました。鶯張《うぐいすばり》と申すのでございますよ。」
小間使が老実立《まめだ》っていうのを聞いて、滝太郎は恐入った顔色《かおつき》で、
「じゃあ声を出すんだろう、木だの、草だの、へ、色々なものが生きていら。」
「何をいってるのよ。」と勇美子は机の前に、整然《ちゃん》と構えながら苦笑する。
「どう遊ばしましたの。」
取為顔《とりなしがお》の小間使に向って、
「聞きねえ、勇さんが、ね、おい。」
「あれ、また、乱暴なことを有仰《おっしゃ》います。」と微笑《ほほえ》みながら、道は馴々《なれなれ》しく窘《たしな》めるがごとくに言った。
「御容子《ごようす》にも御身分にもお似合い遊ばさない、ぞんざいな言《こと》ばっかし。不可《いけね》えだの、居やがるだのッて、そんな言《こと》は御邸の車夫だって、部屋へ下って下の者同士でなければ申しません。本当に不可《いけ》ませんお道楽でございますねえ。」
「生意気なことをいったって、不可《いけね》えや、畏《かしこま》ってるなあ冬のこッた。ござったのは食物でみねえ、夏向は恐れるぜ。」
「そのお口だものを、」といって驚いて顔を見た。
「黙って、見るこッた、折角お珍らしいのに言句《もんく》をいってると古くしてしまう。」といいながら、急いで手巾《ハンケチ》を解《ほど》いて、縁の上に拡げたのは、一|掴《つかみ》、青い苔《こけ》の生えた濡土である。
勇美子は手を着いて、覗《のぞ》くようにした。眉を開いて、艶麗《あてやか》に、
「何です。」
滝太郎は背《せな》を向けてぐっと澄まし、
「食いつくよ、活きてるから。」
四
「まあ、若様、あなた、こっちへお上り遊ばしましな。」と小間使は一塊の湿った土をあえて心にも留めないのであった。
「面倒臭いや、そこへ入り込むと、畏《かしこま》らなけりゃならないから、沢山だい。」といって、片足を沓脱《くつぬぎ》に踏伸ばして、片膝を立てて頤《おとがい》を支えた。
「また、そんなことを有仰《おっしゃ》らないでさ。」
「勝手でございますよ。」
「それではまあお帽子でもお取り遊ばしましな、ね、若様。」
黙っている。心易立《こころやすだ》てに小間使はわざとらしく、
「若様、もし。」
「堪忍しねえ、※[#「火+玄」、第3水準1−87−39]《まぶし》いやな。」
滝太郎はさも面倒そうに言い棄てて、再び取合わないといった容子を見せたが、俯向《うつむ》いて、足に近い飛石の辺《ほとり》を屹《きっ》と見た。渠《かれ》は※[#「火+玄」、第3水準1−87−39]いといって小間使に謝したけれども、今瞳を据えた、パナマの夏帽の陰なる一双の眼《まなこ》は、極めて冷静なものである。小間使は詮方《せんかた》なげに、向直って、
「お嬢様、お茶を入れて参りましょう。」
勇美子は余念なく滝太郎の贈物を視《なが》めていた。
「珈琲《コオヒイ》にいたしましょうか。」
「ああ、」
「ラムネを取りに遣わしましょうか。」
「ああ、」とばかりで、これも一向に取合わないので、小間使は誠に張合がなく、
「それでは、」といって我ながら訳も解らず、あやふやに立とうとする。
「道、」
「はい。」
「冷水《おひや》が可いぜ、汲立《くみたて》のやつを持って来てくんねえ、後生だ。」
といいも終らず、滝太郎はつかつかと庭に出て、飛石の上からいきなり地《つち》の上へ手を伸ばした、疾《はや》いこと! 掴《つかま》えたのは一疋の小さな蟻《あり》。
「おいらのせいじゃあないぞ、何だ、蟻のような奴が、譬《たとえ》にも謂《い》わあ、小さな体をして、動いてら。おう、堪忍しねえ、おいらのせいじゃあないぞ。」といいいい取って返して、縁側に俯向《うつむ》いて、勇美子が前髪を分けたのに、眉を隠して、瞳を件《くだん》の土産に寄せて、
「見ねえ。」
勇美子は傍目《わきめ》も触《ふ》らないでいた。
しばらくして滝太郎は大得意の色を表して、莞爾《にっこ》と微笑《ほほえ》み、
「ほら、ね、どうだい、だから難有《ありがと》うッて、そう言いねえな。」
「どこから。」といって勇美子は嬉しそうな、そして頭《つむり》を下げていたせいであろう、耳朶《みみもと》に少し汗が染《にじ》んで、※[#「目+匡」、第3水準1−88−81]《まぶち》の染まった顔を上げた。
「どこから
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