は、峰の松に遮《さえぎ》られるから、その姿は見えぬ。最《も》っと乾《いぬい》の位置で、町端《まちはずれ》の方へ退《さが》ると、近山《ちかやま》の背後《うしろ》に海がありそうな雲を隔てて、山の形が歴然《ありあり》と見える。……
汽車が通じてから、はじめて帰ったので、停車場《ステエション》を出た所の、故郷《ふるさと》は、と一目見ると、石を置いた屋根より、赤く塗った柱より、先ずその山を見て、暫時《しばらく》茫然《ぼうぜん》として彳《たたず》んだのは、つい二、三日前の事であった。
腕車《くるま》を雇って、さして行《ゆ》く従姉《いとこ》の町より、真先に、
「あの山は?」
「二股《ふたまた》じゃ。」と車夫《くるまや》が答えた。――織次は、この国に育ったが、用のない町端《まちはずれ》まで、小児《こども》の時には行《ゆ》かなかったので、唯《ただ》名に聞いた、五月晴《さつきばれ》の空も、暗い、その山。
三
その時は何んの心もなく、件《くだん》の二股を仰《あお》いだが、此処《ここ》に来て、昔の小屋の前を通ると、あの、蜘蛛大名《くもだいみょう》が庄屋をすると、可怪《あや》しく胸に響く
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