に、鼬《いたち》の香《におい》を芬《ぷん》とさせて、ひょこひょこと行《ゆ》く足取《あしどり》が蜘蛛《くも》の巣を渡るようで、大天窓《おおあたま》の頸窪《ぼんのくぼ》に、附木《つけぎ》ほどな腰板が、ちょこなんと見えたのを憶起《おもいおこ》す。
それが舞台へ懸る途端に、ふわふわと幕を落す。その時|木戸《きど》に立った多勢《おおぜい》の方を見向いて、
「うふん。」といって、目を剥《む》いて、脳天から振下《ぶらさが》ったような、紅《あか》い舌をぺろりと出したのを見て、織次は悚然《ぞっ》として、雲の蒸す月の下を家《うち》へ遁帰《にげかえ》った事がある。
人間ではあるまい。鳥か、獣《けもの》か、それともやっぱり土蜘蛛《つちぐも》の類《たぐい》かと、訪ねると、……その頃六十ばかりだった織次の祖母《おばあ》さんが、
「あれはの、二股坂《ふたまたざか》の庄屋《しょうや》殿じゃ。」といった。
この二股坂と言うのは、山奥で、可怪《あやし》い伝説が少くない。それを越すと隣国への近路《ちかみち》ながら、人界との境《さかい》を隔《へだ》つ、自然のお関所のように土地の人は思うのである。
この辺《あたり》から
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