》た一枚が、雑とあの当時の二百枚だってね、大事のものです。貴下《あなた》にも大事のもので、またこっちも大事のものでさ。価《ね》は惜《おし》まぬ、ね、価《ね》は惜まぬから手放さないか、と何度《なんたび》も言われますがね、売るものですか。そりゃ売らない。憚《はばか》りながら平吉売らないね。預りものだ、手放して可《い》いものですかい。
 けれども、おいそれとは今言ったような工合ですから、いずれ、その何んでさ。ま、ま、めし飲《あが》れ、熱い処《ところ》を。ね、御緩《ごゆっく》り。さあ、これえ、お焼物《やきもの》がない。ええ、間抜けな、ぬたばかり。これえ、御酒《ごしゅ》に尾頭《おかしら》は附物《つきもの》だわ。ぬたばかり、いやぬたぬたとぬたった婦《おんな》だ。へへへへへ、鰯《いわし》を焼きな、気は心よ、な、鰯をよ。」
 と何か言いたそうに、膝で、もじもじして、平吉の額《ひたい》をぬすみ見る女房の様《さま》は、湯船《ゆぶね》へ横飛びにざぶんと入る、あの見世物の婦《おんな》らしい。これも平吉に買われたために、姿まで変ったのであろう。
 坐り直って、
「あなたえ。」
 と怨《うら》めしそうな、情《なさ
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