を持った織次の手は、氷のように冷めたかった。そこで、小さな懐中《ふところ》へ小口《こぐち》を半分|差込《さしこ》んで、圧《おさ》えるように頤《おとがい》をつけて、悄然《しょんぼり》とすると、辻《つじ》の浪花節《なにわぶし》が語った……
「姫松《ひめまつ》殿がエ。」
 が暗《やみ》から聞える。――織次は、飛脚に買去《かいさ》られたと言う大勢の姉様《あねさん》が、ぶらぶらと甘干《あまぼし》の柿のように、樹の枝に吊下《つりさ》げられて、上《あ》げつ下《お》ろしつ、二股坂《ふたまたざか》で苛《さいな》まれるのを、目のあたりに見るように思った。
 とやっぱり芬《ぷん》とする懐中《ふところ》の物理書が、その途端に、松葉の燻《いぶ》る臭気《におい》がし出した。
 固《もと》より口実、狐が化けた飛脚でのうて、今時《いまどき》町を通るものか。足許《あしもと》を見て買倒《かいたお》した、十倍百倍の儲《もうけ》が惜《おし》さに、貉《むじな》が勝手なことを吐《ほざ》く。引受《ひきう》けたり平吉が。
 で、この平さんが、古本屋の店へ居直って、そして買戻《かいもど》してくれた錦絵《にしきえ》である。
 が、その後
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