しより》の話では、古本屋は、あの錦絵《にしきえ》を五十銭から直《ね》を付け出して、しまいに七十五銭よりは出せぬと言う。きなかもその上はつかぬと断《ことわ》る。欲《ほし》い物理書は八十銭。何でも直ぐに買って帰って、孫が喜ぶ顔を見たさに、思案に余って、店端《みせさき》に腰を掛けて、時雨《しぐれ》に白髪《しらが》を濡らしていると、其処《そこ》の亭主が、それでは婆さんこうしなよ。此処《ここ》にそれ、はじめの一冊だけ、ちょっと表紙に竹箆《たけべら》の折返しの跡をつけた、古本の出物《でもの》がある。定価から五銭引いて、丁《ちょう》どに鍔《つば》を合わせて置く。で、孫に持って行って遣《や》るが可《い》い、と捌《さば》きを付けた。国貞《くにさだ》の画が雑《ざっ》と二百枚、辛《かろ》うじてこの四冊の、しかも古本と代ったのである。
平吉はいきり出した。何んにも言うなで、一円出した。
「織坊《おりぼう》、母様《おっかさん》の記念《かたみ》だ。お祖母《ばあ》さんと一緒に行って、今度はお前が、背負《しょ》って来い。」
「あい。」
とその四冊を持って立つと、
「路《みち》が悪い、途中で落して汚すとならぬ、一冊
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