だけ持って来さっしゃい、また抱いて寝るのじゃの。」
 と祖母《としより》も莞爾《にっこり》して、嫁の記念《かたみ》を取返す、二度目の外出《そとで》はいそいそするのに、手を曳《ひ》かれて、キチンと小口《こぐち》を揃えて置いた、あと三冊の兄弟を、父の膝許《ひざもと》に残しながら、出しなに、台所を竊《そっ》と覗《のぞ》くと、灯《ともしび》は棕櫚《しゅろ》の葉風《はかぜ》に自《おのず》から消えたと覚《おぼ》しく……真の暗がりに、もう何んにも見えなかった。
 雨は小止《こやみ》で。
 織次は夜道をただ、夢中で本の香《か》を嗅《か》いで歩行《ある》いた。
 古本屋は、今日この平吉の家《うち》に来る時通った、確か、あの湯屋《ゆや》から四、五軒手前にあったと思う。四辻《よつつじ》へ行《ゆ》く時分に、祖母《としより》が破傘《やぶれがさ》をすぼめると、蒼《あお》く光って、蓋《ふた》を払ったように月が出る。山の形は骨ばかり白く澄《す》んで、兎《うさぎ》のような雲が走る。
 織次は偶《ふ》と幻に見た、夜店の頃の銀河の上の婦《おんな》を思って、先刻《さっき》とぼとぼと地獄へ追遣《おいや》られた大勢の姉様《あねさ
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