板戸《いたど》に、地方《いなか》の習慣《ならい》で、蘆《あし》の簾《すだれ》の掛ったのが、破れる、断《き》れる、その上、手の届かぬ何年かの煤《すす》がたまって、相馬内裏《そうまだいり》の古御所《ふるごしょ》めく。
 その蔭に、遠い灯《あかり》のちらりとするのを背後《うしろ》にして、お納戸色《なんどいろ》の薄い衣《きぬ》で、ひたと板戸に身を寄せて、今出て行った祖母《としより》の背後影《うしろかげ》を、凝《じっ》と見送る状《さま》に彳《たたず》んだ婦《おんな》がある。
 一目見て、幼い織次はこの現世《うつしよ》にない姿を見ながら、驚きもせず、しかし、とぼんとして小さく立った。
 その小児《こども》に振向《ふりむ》けた、真白な気高い顔が、雪のように、颯《さっ》と消える、とキリキリキリ――と台所を六角《ろっかく》に井桁《いげた》で仕切った、内井戸《うちいど》の轆轤《ろくろ》が鳴った。が、すぐに、かたりと小皿が響いた。
 流《ながし》の処《ところ》に、浅葱《あさぎ》の手絡《てがら》が、時ならず、雲から射す、濃い月影のようにちらちらして、黒髪《くろかみ》のおくれ毛がはらはらとかかる、鼻筋のすっと通
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